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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1060号 判決

控訴人 柴田邦雄こと 柴田保

右訴訟代理人弁護士 草信英明

被控訴人 有限会社喜田商店

右代表者代表取締役 喜田さかえ

右訴訟代理人弁護士 日下基

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

被控訴代理人において、事実関係につき、仮りに本件手形の振出が控訴人本人によつてなされたものでなく、訴外藤岡喜一郎によつて為されたものとしても、同人は控訴人より銀行口座開設の委託を受け、控訴人の印鑑及び記名用ゴム判を預つていたもので、これを利用して手形振出をしたものであるから、代理権限超越行為であり、被控訴人は右手形の受取人ではないけれども、手形行為の特質に鑑み、なお民法第一一〇条の第三者に該当するから、被控訴人においても、また受取人神港タイヤ商会においても、右藤岡の振出につき権限ありと信ずべき正当事由を有するので、控訴人は振出人としての義務があると述べ、

控訴代理人において、事実関係につき、本件手形を振出した藤岡喜一郎は振出人名義柴田邦男を合資会社神港タイヤ商会の仮名として用いたもので、右会社のために振出したものであるから、控訴人の代理人として振出したものはない。仮りに控訴人の代理人として振出したものとしても、民法第一一〇条にいわゆる第三者は、代理人と法律行為をした直接の相手方に限るべきところ、本件手形振出行為の直接の相手方は右会社であつて、同会社がその使用人藤岡に振出さしめたものであるから、右会社は振出権限の存在を信ずべき正当事由はなく、民法第一一〇条適用の余地はない、と述べ、証拠として、当審における証人藤岡喜一郎、山下善春、半井常夫、蓮池茂の証言、控訴人本人尋問の結果を援用したほか

原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

控訴人がその成立を争う甲第四号証(約束手形)の振出人欄は、その柴田邦雄なる記名(ゴム判)及び名下の印影が控訴人の印に依るものであることは争がないが、証人藤岡喜一郎(原審及び当審)、半井常夫の証言、控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)に徴すると、右手形の作成即ち振出は控訴人自身の為したものでなく、また控訴人の指示による記名捺印の代行とも見られないから、右手形は控訴人の作成即ち振出のものとは認められず、従つて、控訴人の本件手形振出を前提とする被控訴人の請求は理由がない。

次に被控訴人主張の藤岡喜一郎の振出による表見代理の成否につき検討する。

前掲甲第四号証の振出人欄記載によれば、振出行為者とされる藤岡自身の署名も代理資格の記載もなく、直接に本人たる控訴人の記名を為しているから、右は前記の通り記名捺印代行行為か、ないしは署名代理行為と見るの外ないところ、前掲証人藤岡喜一郎の証言、控訴人本人尋問の結果(いずれも原審及び当審)によると、控訴人は義兄蓮池茂から控訴人(但し柴田邦雄名義)名で銀行の当座取引口座の開設方を頼まれ、その手続を自己の取引先なる合資会社神港タイヤ商会の社員であつた藤岡喜一郎に依頼し、これに使用するものとして控訴人の印鑑及び記名用ゴム判をも藤岡に寄託したが、当座開設資金がなかつたため、開設手続を果し得ず、藤岡は右印鑑等を保管していたところ、前記会社の社長事務代行者太田より、控訴人に了解を得たと称して、右会社の裏勘定資金に利用する目的で、控訴人名義の約束手形振出方を示唆され、何等控訴人の委託又は承諾のなかつたにも拘らず、自己保管中の印鑑等を使用して本件約束手形を作成し、受取人を右会社として振出行為を完成したこと(これと共にその前後に控訴人名義の手形小切手をも若干振出したこと)が認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、右訴外会社又は藤岡の控訴人名義使用の意味についての内心的意図は兎も角として、手形行為の外形からは、振出人本人は訴外会社(又はその通称或は仮名)とは見られ難く、あくまでも実在する控訴人自身と解するの外なく、右藤岡の振出行為はいわゆる無権限(権限超越)署名代理又は偽造(氏名冒用の点のみ着眼すれば)に該当するものというべきである。ところで被控訴人は、受取人となつた右会社に藤岡の代理権限存在を信ずる正当事由があると主張するけれども、前認定の事実に徴して、かかる事由の存在は到底認め難く、他に被控訴人の全立証によるも、右受取人会社の権限信頼とその正当事由を認めるに由がない。

次に被控訴人は、被裏書人として右手形を取得した被控訴人に藤岡の振出権限信頼の正当事由があると主張するけれども、約束手形の振出人と受取人との間に振出権限の存在を信頼する事情がなく、従つて基本たる振出が無効であつた場合に、受取人より後にその手形を取得した者が、たとえその取得に際し当初の振出行為についての権限の存在を信じ、かつこれを信じたことにつき正当事由があつたとしても、さきの無効な振出が卒然として、その者との間においてのみ有効化するという法理は、たとえ手形の流通証券性を重視するとしても、にわかに是認することはできない。この結果の容認は、手形の基本的行為たる振出の成立(有効性)を相対化し、振出権限についての抗弁を人的抗弁化し、相対的手形証券を是認し、窮極において、手形の「振出」につき振出意思を無視ないし極端に軽視し、「振出」を文字通り形式化する結果を是認しなければならず、かかる結果を惹起すがためには、通常の場合、振出人受取人間の振出行為に全く関与せず、その間の実質的事情に不関知の手形取得者たちは、手形の外観即ち外形的記載を除いては、過去の基本的手形行為の効力を左右する支配力の実質的根拠を欠くものといつて差支ないであろう。要するに、民法第一一〇条の第三者とは、本人と代理人とに対して取引相手方としての第三者であつて、一般の第三者を指称するものではなく、手形行為についても同様と解すべきである。

そうすれば、被控訴人は、自己の事情のみによつて、本件手形の無権限振出を、表見代理の法理により有効視することは許されずこの点についての被控訴人の主張も理由がない。

そうすると、本件手形について控訴人の振出人たる責任原因は何も認められないから、被控訴人の請求は理由がなく、これを認容した原判決を取消し、右請求を棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 亀井左取)

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